こんにちは、五反田エリア店舗運営スタッフの塚田です!
ちょうど28年前の1月17日は、皆さまも記憶に残っていると思いますが、阪神・淡路大震災が起きた日です。
今回は追悼の意味も込めて、当時ボランティアに参加した時のことを書かせていただきます。
阪神・淡路大震災
学生時代といえば、お金さえあればいくらでも遊べる時期です。若い時はそれなりに時間はあるのですが、お金が…という方が多かったと思います。
自分は生意気にも学生時代から車を持ってまして、ガソリン代を稼ぐのにバイトをしながら頑張っておりました。
勉強はそこそこで、特にやりたいことは見つからず、寝て起きて、学校に行って、適当に遊んで、また寝る毎日…。
そんなある日、日本の歴史に残る事件が起きました。阪神・淡路大震災です。これは衝撃でした。当時宮城県の仙台市に住んでましたが、テレビを見るととんでもない景色が…。テレビ越しではありますが、衝撃を受けたのを今でも覚えております。
当時、学生で時間だけはありました。自分に何かできないかと思ってたところ、学校の掲示板で「阪神淡路大震災ボランティア募集」という張り紙を見つけました。
それまで自分にボランティア精神があるとは思っていませんでしたが、「これは行かなくてはいけない!」と、決意して即申し込み、兵庫県の神戸市に向かいました。
現地に到着
夜に仙台から神戸に向かい、到着したのが午前4時ぐらい。暗かった時間帯はわからなかったのですが、明るくなり町の景色が見えてくると、すごい光景が飛び込んできました。
本当に日本??28年経ちますが、今でも鮮明に覚えております。たくさんの方が亡くなっており、本当にすごいところに来たと若い自分なりに思いました。
さて、我々のボランティア活動とは、主に引越しのお手伝いとか、ガレキの撤去がメインです。朝から夕方までひたすら働きました。夕方から夜の9時ぐらいまでは少し時間があるのですが、まだ震災が間もないということもあり、地元のたくさんの方が中学校で寝泊まりしておりました。
当然、年配の方から若い子まで周りにおります。若い中学生ぐらいの女の子でしょうか?我々に興味があったのか定かではないのですが、近寄ってきていろいろなお話をしたのを覚えてます。
何も特別な話をしたわけではありません。多分たわいもない話だったと思います。ただ、こんな大変な時期なのに震災にあった子供達は本当に元気で、逆に自分が勇気をもらいました。関西の子供のパワーはすごいです。
さまざまな人との出会い
ボランティア活動をしていた中で、多くの人との出会いがありました。地元の方たち以外にも、ほかの地域から来ていたボランティアの人とのコミニケーションもあります。
いろいろな話をしました。今の現状の話をしたり、励ましあいながら頑張ってましたね。今でも繋がりがあり、たまに連絡を取り合っています。
地元の人、ボランティアに来ていた人との繋がりをきっかけに、そこから誰かの役に立ちたい!という思いが強くなりました。
何もしないのも人生ですが、いろいろ動いて何かを学ぶのもまた人生。だいぶ年をとってしまいましたが、まだまだチャレンジしたいと思う今日この頃です。